森に入ると、呼吸がゆっくりになった気がする。その感覚を、科学はどこまで説明できるのでしょうか。森林浴には心身への好ましい影響を示す研究があります。ただし、森で過ごした直後の変化と、病気の予防や治療につながる長期的な効果は、分けて読む必要があります。
出典確認日:2026年10月28日
国内24地域で調べた短時間の反応
Parkらが2010年に発表した研究では、国内24地域の森林と都市で、健康な男子大学生計280人の生理的な反応を比較しました。参加者の平均年齢は21.7歳。森林と都市の両方で歩行や景色を見る時間を設け、翌日に場所を交代する方法をとっています。歩行は平均約16分、景色を見る時間は約14分でした。
森林の条件では都市と比べ、唾液中コルチゾール、脈拍、血圧が低く、副交感神経活動を示す指標が高いなどの結果が報告されています。これは、短時間の森林滞在とリラックスに関わる生理反応の関係を考える手がかりです。[1]
一方、研究対象は健康な若い男性です。この結果だけで、年齢や健康状態の異なるすべての人に同じ変化が起きるとはいえません。また、その場で測った指標から、数か月後の健康状態や仕事の生産性まで結論づけることもできません。
複数の研究をまとめると何が見えるか
個別の研究に加え、研究全体を点検した報告もあります。Stier-Jarmerらの2021年の論文は、森林滞在と健康に関する11件の系統的レビューを検討しました。含まれる一次研究は、重複を除いて131件です。
心血管系や心理面への好ましい影響が示唆された一方、レビュー自体の方法の質は、AMSTAR 2という評価基準で中等度2件、低6件、非常に低3件と評価されました。著者らは、より質の高い研究や長期的な追跡の必要性を指摘しています。[2]
「研究が多い」ことと「結論の確かさが高い」ことは同じではありません。誰を対象に、何と比較し、いつまで測定したかを確かめることで、期待できる範囲が見えてきます。
森林浴の紹介文で確認したい三つのこと
体験プログラムを選ぶときは、効果の言い方に注目してみてください。「参加者が気持ちよかったと回答した」「直後の指標に変化があった」「病気の発症が減った」では、示している内容が異なります。
第一に、調べた対象です。参加者の人数、年齢、健康状態がわかる説明なら、自分との違いを考えられます。第二に、比較相手です。森林に行く前後だけを比べたのか、都市で同程度の活動をした場合とも比べたのかで、読み取れることは変わります。第三に、効果の持続期間です。当日の測定を、そのまま日常生活での長期的な変化として受け取らないことが大切です。
これは、森林浴を楽しむために論文を読み込むべきだ、という意味ではありません。心地よい体験として選ぶことと、医療上の効果を期待して選ぶことを区別するための視点です。
無理なく森を楽しむために
はじめてなら、距離や高低差、休憩場所を確認できるコースを選んでみましょう。環境省の国立公園利用案内は、事前の天候・登山道情報の確認、無理のない行動計画、歩道を外れないことなどを勧めています。地域の生活や私有地にも配慮が必要です。[3]
「何分歩けば必ず効く」と時間を達成目標にする必要はありません。その日の体調に合わせて、途中で引き返せる計画にしておくと、自分に合う過ごし方を選びやすくなります。持病や運動上の制限がある場合は医療者に相談し、不調の診断や治療を森林浴で置き換えないようにしましょう。
森業として体験を届ける側の工夫
健康をテーマにする事業では、研究の結果を宣伝に使う際の説明が重要になります。研究の対象者と、自社の参加者が同じ条件とは限らないからです。
企画するなら、まず「どのような時間を届けるか」を具体的にしてください。静かに歩く時間、景色を眺める時間、休める場所、参加を見送る選択肢。参加後の感想は体験改善に役立ちますが、それだけで医学的な効果を実証したことにはなりません。
森で心地よく過ごせたという経験を大切にしながら、研究が支える範囲を正確に伝える。その姿勢が、参加者との信頼を育てる出発点になるはずです。
出典と参考資料
1. Park BJほか(2010)国内24地域で森林浴の生理的影響を調べた研究。Environmental Health and Preventive Medicine, 15, 18–26。対象・方法・結果を参照。DOI:10.1007/s12199-009-0086-9。公開本文。
2. Stier-Jarmer Mほか(2021)森林と健康に関する系統的レビューおよびメタ分析のレビュー。International Journal of Environmental Research and Public Health, 18(4), 1770。対象研究数、方法の質、結論を参照。DOI:10.3390/ijerph18041770。
3. 環境省「国立公園の利用上のマナー」。
この記事は公開された研究・行政資料に基づく解説です。プログラムを選ぶ視点や企画上の工夫は、編集部の提案です。